どーでもいぃかもしれないし、どーでもよくないかもしれない話

いとこが自殺した。。。



さいころは一緒に良く遊び、親族の中では勉強が出来ると有名な人だった。その背景には、非常に勉強の詰め込みをやらされ、いい大学に入って、いい会社に入って、ということを小さいころから目標にさせられ、それを思い込み、そこに突き進んでいった。有名校への受験勉強はなかなかうまくいかず、何回か浪人して、精神的に破綻をきたして、どこかしらの大学には入ったが、仮面浪人という形で、結局卒業できず、精神病院への入退院を繰り返し、社会での活動はほぼないまま、自殺の道を選んだ。



このいとこにとって人生ってなんだったんだろう
って思った。



平和な江戸時代の、片田舎の武士の指南書的な「葉隠」の一文を思い出した



「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」



この意味は、主君のために死ぬという、忠義の精神を薦めているというよりは、死を覚悟するつもりで行動するくらいの重要な何かを知り、常日頃からいつ死んでも悔いがないくらい精進して生活することなんじゃないかなぁって思っている。「一所懸命」という言葉に通じているとも思う。



ここで何が言いたいかと言うと、まずは、大学とか会社とか地位とか名誉とかは、死ぬほど大切なことなのか?ということ。これは、人生の目的や目標にしてはきっと面白くないんだということ。


つぎに、後悔や挫折は、誰にでもあるけど、そこまでの努力とかを楽しむことは重要だって考えている。そこに、自分にとっての大切なものを探すヒントが隠れているって思うので。やはり、努力なくして、重要なものの選択はできないんじゃないかとも思う。


このブログはどちらかというと、かわいらしい子のことを書いているブログなので、こういう思いテーマはそぐわないかもしれない。


ただ、この点にからめていうと、アイドルとしての活動を楽しみ、その楽しみを伝えることが楽しいって思える子を応援したいなぁって思ったりもする。そういうのがキラキラした部分で、これって成功や成長とともに多くの人が忘れていく部分かもしれない。アイドルの活動が続くほど、仕事には慣れやマンネリ的な部分が増え、そこに楽しくて楽しくてしょうがないっていう部分はなかなか見出せなくなるかもしれない。でも、そこに楽しさを見出せる子っていうのは、とっても魅力的に僕には映るかも。


なので、一つ分かったのは、ちっちゃい子だから応援しているわけではなく、キラキラ光っている子を心から応援したいんだなぁってこと。



このまま行くと、誰かを一生懸命応援するための人生で終わりそうだ。。。ちなみに、遠い外国から日本のアイドルを必死に応援するのって、めっちゃ一生懸命にならないと続かないですよ。自分でも、このパワーはどこから来るのかって不思議なくらい。きっと、キラキラしたパワーをもらっちゃってるからなのかもしれないけど。



追記:
スマのことで、ちょっと考えている部分があるんです。なんか、事務所側は、オリジナルメンバーがぬるま湯的で、さらに、新メンバーはサブという形で、みんなを必死にさせようという点が強調されていると思う。


問題は、必死な姿は、応援したい気持ちにさせるかもしれないけど、それ以外にもたくさん応援したくなる気持ちはあるって思う。特に、メンバーが楽しんでいる姿を見ることがとっても楽しいっていう現場には行きたくなる。


自分の中では、エッグの現場とさくら学院の現場は別格だった。それは、メンバーがたくさん練習したんだろうなぁって思える部分とともに、みんなステージに立っている単純な喜びが感じられる。ステージの出来とかみたら、必死に練習してきたことは伝わるし、それにもまして楽しい部分が伝わるのは、見ていて気持ちいい。実際は、エッグの後半はドイヒーな内容になってましたが。。。とはいえ、9月のエッグ新人公演もリニューアルされるので、出来たらいってみたい。